ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

体が鉛のように動かない

 昨日から今日までずっとベットの中にいた。全く体が動かなくて、食事も風呂に入るのも怠くて仕方ない。「なんでこうなった。。」ってずっと頭で繰り返しながら、この先どうすればいいのか?わからなくなった。ずっと布団の中でスマホをネガティブな事を検索。何も実りが無い事ばかり調べる。

 しかし、ブログを打っている今は頭がすっきりしている。もう自分でも訳が分からない。今になって退職をしたことで色んな方々に迷惑を掛けてしまったと深く反省している。自分の転職歴ばかり気にしていたが、自分が早期退職をしたことで多大な迷惑を掛けてしまった。そう考えると、次の職場はやはり続ける事を目標にして、条件はグンと落とした方が良いのだろうと思った。今まで勤務地は何処でも良いと思っていたが、それも適応能力が無い自分には重要な事なんだと思う。だから、地元から比較的近いところで探すべきなのかも。

 自分は精神疾患なのか?それを理由に甘えてるのか?どちらにしても働かないと。一時的に実家に帰ることに成ってしまった。自分の中でのタブーを犯してしまう。それもプライドから来ているのか?ここ数年の自分は完全に驕っていた。自分の持っていた本来の思想とは逆の生き方をした。保守的な自分が嫌いであえてそうしたのだが、完全に誤りであった。自分の性格は保守的であり慎重な性格なのだ。それは大きな長所であったと今さら思う。今後は過ちを反省し、堅実に生きていくべきだろう。

 土日で求人をいくつか見つけた(全部派遣)ので、明日から就活も頑張る。早く仕事しないと、どんどん社会性が失われていく。次を決めてから辞めないと焦りと不安が募ってばかり。しかし今回は仕方なかったのか。。

 全て一からやり直したい。でもそれが無理だから今から一から始めるしかない。人生に絶望しつつ生きていかねばならない。鬱が強い時は将来への不安と生きていても希望が無いこと、何にも楽しみを見いだせないこと。を思うと「消えてしまいたい。」という思考でいっぱいになる。生きる目的が不明確すぎて生きる意味が分からない。「自分がこうなりたい!」という姿はそうなれない事で自分を苦しめる。一時の幸福は、反転して大きな不幸を呼び寄せる。ただ、幸福も不幸も望まないことは空虚で味気ない。この世の中に正しいことなど存在しないのかもしれない。この間の面接中にも言われてしまった、「大人じゃない。」という意味はそういうことなんだ。正しいことが本当に正しいこととは限らない。現に今の自分はどうだ?正しいと思うことをして、無職に成って、自分で生活できていない。大事にしたい人も遠ざかった。本末転倒ではないか。汚く生きなければいけない。間違っていることも目をつぶって知らないふりをしないといけない。それらを全て行使出来るほど自分には能力は無いだろう。

 他人にどうみられるか?そんなことばかり気にしていた自分だが、全てを失って、見栄を張る必要も無くなったのは良い事。時間が経って余裕が生まれたら古い安いアパートに引っ越すのもアリかな?というか、一軒家を買うことを目標にしても良いかも?

人生も急がば回れ?

 昨日は実家に帰り、正職の面接。ここは以前非正規で応募して内定を貰ったが、条件が悪かったため断った場所。しかし、今回改めて正規職員での募集があったので応募した。試験を受けに来た人は他に二人。色々会話して多少仲良くなった。面接は正直、微妙だった。面接官は同じ人で前に断った手前、気まずかったし、結構厳しい事も言われた。1週間で辞めたことも伝えたし、結果は不採用だと思う。ただ、当日は落ち込んだが、改めて考えるとそこまで行きたかったかな?とも思う。他に行く場所が無いから焦って受かりたかっただけな気もした。だから、不採用の結果が来ても受け止められる。

 実家で母親と色々話し、「戻ってきて、非正規で働いた方が良いんじゃない?」と言われてた。自分でも今の状況ではそうせざる負えない、と思う反面、「この年齢で実家に戻って非正規か。。」と自分の20代でしたことがとても無駄な事に思えて仕方なかった。そして、自分の見通しの甘さに自己嫌悪した。ただ冷静に考えると、実家から比較的近い場所で派遣で働いた方が今の自分にはシックリ来るのかも知れないと思った。急がば回れ、なのかも知れない。今までは、(安定思考だったため)非正規という選択肢なんて無かったのだが、自分にとっても先方にとっても長期間見極められるし良いのかも。一応、派遣会社の人には前日の面接後にアポを取って、顔合わせの調整をしてもらえるよう電話した。その派遣会社の人いわく、一年後に派遣から準社員になり、その一年後に正社員(早ければ)となれるそう。「長いな。。」と思いつつ、ここ2年は生き急いでばかりいて何も積み上げられなかった。今の自分に必要なのは好条件ではなく、積み上げ(経験)なのかな?と感じた。しかし、条件的には、また一からか。。ただ、これは執着に他ならない。そんな事を思いつつ、過去の自分をまた悔いてしまう。

 昨日は兎に角憂鬱だった。無職に成り、不安ばかりが募り、冷静さを失ってしまう。「何でこんなに人生は思い通りに成らないんだろう・・?」と。そんな事を考えてたらどんどん体が重くなり、この先、生きていける気がしなくなった。寝ている時も漠然とした不安がこみ上げ、起きてしまう。ここまで気分が落ちたのは20代中盤にひとり暮らしをして、落ち込んだ時くらい。というか、精神年齢がその頃に戻ってしまったのかも。。今日はずっと寝ていたからか、冷静に成って物事を考えられるようになったんだけど。やはり気分の浮き沈みが激しい。落ち込んだ時は物凄く幼い考えに成ってしまう。

 ずっとPCで求人を探しているが、やはり、勤務地も条件(給料、休日日数、雇用形態)も業種も職種も職場環境も企業規模(安定性)も全て満たしたところなんて存在しない。その中で自分が妥協できるのは条件なんだと思う。今まで重要視してきたところだが、続かなければ何も意味がないと改めて思った。しかし、そういう意味では何故、2社目を続けられなかったのか?と今でも悔いてしまう。だが、あの時は精一杯だった。だから仕方ない。結局自分の忍耐力の無さが全ての原因。あと考え方。いつも悪い方に考えてしまい気持ちに余裕が無くなってしまう。あの頃は”鬱病”という自覚を持ちなくないという理由で全否定してたけど、今は事あるごとにそれを理由にして逃げている気がした。謙虚さを失った。誠実さを失った。真面目さを失った。価値観を失った。目標を失った。・・内面的なもの、色々失ったというか、他人にどう見られるか?を意識して囚われていただけな気もする。建前と本音は違うのが嫌だったが、最近は環境によって変えるペルソナは大事だとも思う。ずっと変わりたいと思ったが、人の本質は変わらない。それを否定せず認めることの方が大事なんだと今は思う。また、時間が掛かっても少しづつ積み上げるものの方が最終的には地が固まるんだろう。人とは同じ様に生きれなかったが、他人が望む様な人生を自分も望み、藻掻いたが崩れ落ちたのでハッキリそれが分かった。

 自分には何も無い。プライドが高くてそれが嫌だった。でも自分は自分でしか無い。

努力のない幸福は存在しない

 明日は本命の面接。実家からの方が近いので実家に帰宅した。精神状態は常に不安定。前向きに生きようと頭で思っても一時的なもので、自分の現状を直視すると落ち込む。理想と現実の乖離に。ただ、何となく自分の生き方は間違っていたのだと反省した。安直に物事を考え過ぎて、自分に何故幸福が訪れないのか?と願っては落ち込むばかり。しかし、そこには苦労や努力が伴っておらず、結果だけ望んでいただけ。前のブログでも書いた通り、何かを得るには相応の努力が必要になる。今の年齢で何も望みが叶えられないことに人生に絶望したが、当たり前の結果であったと反省した。他人と同じ様に器用に生きることは自分には出来ないのだから誰よりも努力しないといけない。

 本来の自分はとても合理的であった気がする。ただ、周りと自分を比較し、それに影響され自分を見失い過ぎた気もする。表面では幾らでも馬鹿にされて良い。ただ、運否天賦では何も得られない事を自覚するべき。「引き寄せの法則」的なものを何冊も読んだが、冷静に考えてみるとオカルトでしかない。

 ここ数年、他人の価値観で生きすぎた。自分の今までの人生を全否定して努力も堅実さも馬鹿らしく思えてしまった。でも望みを叶える為に一番大切な事は小さな積み重ねだったと思う。他人からどう見られるか?なんてとてもくだらない事だと思う。それに、何より自分の潜在意識はどう感じるか?に注目すべきだった。ある意味ここまで落ちた人生だからもう何も失うものはない。何が起きても受け入れるようになりたい。

 明日の採用試験も成るように成る。

追い詰められた時の精神

 今日は遠方(他県)へ面接に行ってきた。車で片道3時間ほど。希望の業種、及び、職種の求人が他県にしかないので。しかし、色々考えると、こんなに場所をあっちこっち変えて職も変えて・・、俺はもう何をどうしていいのか、自分でも分からなくなってしまった。試験は実技と面接。合計1時間00分ほど。実技は簡単なPC操作だったので問題なく終了。面接は面接官3人。聞かれる内容はいつもと同じような職歴等と志望動機。面接終了後、総務担当者から「結果は郵送で7日~10日程で。」とのことだった。しかし、その10分後位に電話があり、「本来であれば口頭でお伝えした通り、郵送で結果をお送りするはずでしたが、非常に面接官に好印象だったためお電話で内定とさせていただきます。」と言われた。ただ、施設の雰囲気があまり良い印象を受け無かったのと、非正規のため素直に喜べない自分がいた。また場所もやはり行ってみたら遠く、条件的にも厳しい。正規職員に成るにも3年経過後とのこと。。電話口で「住宅は施設内に寮がありますので無料で提供致します。また、労働時間も短時間前提でしたがフルタイムでの変更も可能にします。」と言われた。うーん、正直あまり行きたくは無いかなと思ってしまった。別の採用試験も受けているので待ってほしい旨を伝えて、週明けに一報を入れることとなった。やはり、今週金曜日に面接受けるところに行きたいかな。

 出来るだけ物事を前向きに考えるように努めてきたが、自分の現状を冷静に考えたらもう何も上手くいく気がしなくなってしまった。3か月間(ほぼ)無職期間を作ってしまったのは失敗だった。3か月前にあった自信が今ではまるでなくなった。今思えば、自信が過信に成っていたようにも思う。当初、去年末まで居た職場を辞めても同じ業界で働こうと決意したにも関わらず、「大手メーカーグループ」というブランドに採用されたことで気持ちが靡いてしまった。そして結局、1週間で辞めるという散々な結果を齎した。この年齢に成ってもとても浅はかで軽率な行動であったと思い知らされる。

 物事が上手くいかないと、むしゃくしゃする。落ち込む。悲しくなる。本当に幼い。そんな自分だから今まで社会生活からも逃げ続けてきたのだろう。いつも他人に望んでばかり。自分で変わる努力はせず。ただ、逃げるか待つかのみ。それで欲しいものを得れるわけもない。生きるのが怖いし不安だ。そんなことを思っていると、ただ気だるいだけでなく、不安が頭のすべてを占め、体を硬直させる。ずっと辞めた事を後悔している以前の職場ではこの状態にほぼ毎日成っていた。それを考えると今は安定したし辞めて良かったとも思うが、やはりあのまま続けていれば・・。という気持ちにもなってしまう。何故他の人と同じように出来ないのか。何故こんなに弱いのか。変わりたいのに変われない。

 兎に角、仕事がしたい。。。

農業の法則

 無職は辛い。何が辛いって不登校だった昔を思い出すからだ。自分だけ取り残された様な感覚に成る。でもこれも自分が浅はかさが招いた事である。

 相変わらず、図書館に行き読書をしていた。働いて無いからお金も無いし何処か行こうにも行けない。ただ、考えていた事が丁度読んだ本に文章としてまとまって言葉にまとまっていたのでストンッと心に落ちた。ここ数年、何故思うように人生が上手くいかないのか?と神経症的に病んだ。周囲の同世代と同じ様に何故自分も幸福を得られないのか?と。しかし、それは雲を掴むようなものだったのだと感じた。だって今まであらゆる事に恐れて逃げてばかりいたから。他の人は多くの経験の上での幸福を得ているのだ。農業の法則は人生にも通じると本に書いてあったがまさにその通りであると。ここ数年の自分は年齢だけ加味し、種も蒔かず、芽を出さず、花や実を欲していたようなものだった。俺がまずやらないといけないことは、どんなに遅くても種を蒔く事。そこから始めることだったように思う。4年前に書いていた昔のブログを今日読み返してみて、今になってみれば、芽が出た時に辛くて辞めてしまった様に感じる。しかし、今この状況に成らなければ、そんな風には思えなかったのだろうとも思う。

 未来への不安、過去への後悔。それによって多くの時間を費やしてきた。そしてそれが神経症へと繋がっていたようにも思う。人生”今”だけにスポットを当てる。また、感情と行動の分離を行う。我に囚われず、我を活かす。そうすれば自分に幸福であれ不幸であれ訪れたものを冷静に享受できる。少しづつ、物事を冷静に捉える事ができる様になってきた。またあらゆる物事に過度な期待はしないこととする。期待は落ち込む原因にしかならない。自分がやるべきことをやればいい。

 本来持っていた人生観で言えば、今この年齢の自分は正社員で5年程務めていて、結婚もしていて家も持っていて、精神的にもっと成長していると思っていた。だが、実際は全く的外れ。しかし、上記の通り、そんな状態に成れなかった理由がある。過去のブログを読んでいても、そんな未来を望んでいたんだと改めて感じた。人生に近道なんて無い。一歩づつ進んでいくしか無い。あらゆる事に意味はあるんだと思いたい。

 とりあえず今日、非正規の面接。明後日、正規職員の面接。早く仕事しないと。自分でも「何やってんだろ・・。」と思うが、こうなってしまったのだから仕方ない。ただ、反省はしないといけない。そして、自分の在り方を改めて一から考え直さないといけない。そうしないと同じことを繰り返す気がする。

 何にもする気に成れなかったのだが、気まぐれでアマゾンプライムクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を観た。凄い面白かったから、「運び屋」観に行こうかな。前みたいに映画が面白く感じる!抗うつ剤に頼らず生活が出来る様になりたい。うつ病に関する動画を観ていたが、うつ病は脳の骨折で完治に2〜3年掛かると言っていた。それを観た時、絶望と焦りがあった。そんな期間仕事しないでいられるわけがない。生活は勿論だが、精神的におかしくなる。焦りは禁物だが、仕事していないほうが自分には精神衛生上良くない。

 1周して元の自分に戻りつつあると感じた一日だった。

何をすれば自分を認められるのか?

 また無職になった。昨日は返却物を返しに会社へ行ってきた。(謝罪含み。)また職歴が汚れた。そして、無職の日々が辛いのと社会生活から離れる事への恐怖が募る。無職に成った事で折角得た自信がまた無くなってしまい落ち込む。早く働きたい。経済的にも貯金がどんどん減っていく。不安で仕方ないが、焦っても仕方ない。

 これはチャンスだと捉えるしか無いと思い、本を何冊も衝動買いし読んでいる。自宅に篭り読んでいると病むので今日は外出先で。外の匂いや暖かさで春を感じ懐かしい気持ちに成ったりもした。ファミレスや図書館に行き読書していると、そこにいる人達に色々な思いを巡らせる。ここ数年の自分は色んな事に藻掻いていた。人生が思い通りにいかない事、それにおける自分の在り方。過去を悔やんだり後悔もした。「もし、あの時、あの選択や行動をしていなかったら・・?」ずっとそんな思考に囚われていた。他人にどう思われるか?どうすれば好かれるか?そんな事もずっと考えていた気がする。なんだかんだ考えると、何より幸福な在り方は”素”で生きる事だと感じた。ずっと他人から嫌われる恐怖を抱えながら人と接してきた。そう考えて接すれば接するほど人が離れていった。出来事も同じ。上手く生きようとすればするほど、上手くはいかなかった。本に書いてあったように、他人にも出来事にも希望を持つべきだが、期待してはいけない。あくまで自分がどう在りたいか?それだけ考え生きればいい。

 人生に意味なんて無い。ゲームと同じようにやること(生きること)に意味があり、それを如何に楽しむか?だけ。願望はある。ただ、同時にその願望を得る為の努力や苦しみを負う責任が無かった。それは自分に生きる自信が無かったから。その観念はやはり不登校という経験が齎したものだと思う。春の季節を感じると共に、少ない学生時代を思い出して強くそう感じる。ただ、今なら冷静に自分を肯定出来る。そして、それを心から肯定するには今を幸福に生きなければいけないと思った。

 自分を認められる条件を考えたが、結局、堂々巡りをした。貯金が多ければ認められるのか?知識や体力があれば認められるのか?人脈(人間関係)はどれだけ広ければ認められるのか?容姿はどれだけ良ければ認められるのか?・・点々。底が無い事ばかり。考えることを止めて、今の自分を認める事しか出来ない。理想と現実のギャップが精神疾患を起こす。確かに自分の理想とはかけ離れている現実だが、奥の奥の方まで考えを巡らせると過去に自分が願った現実であったようにも思う。この思考を変えて、やはり親に感謝出来るほど人生を充実させたいし、全うしたい。それが何よりの親孝行だという結論に至った。・・とりあえず、仕事を見つけなければ。。

 土曜日に派遣の面接に行ってきたが結果がまだ来ない。落ちたか?明日午前中まで連絡を待って来なかったら電話してみる。また、数ヶ月前に非正規雇用で内定を貰ったところが、正規雇用で再度求人を出していたので、数日前に書類を送付。今日電話があり、書類選考通過したので来週面接したいとのこと。どちらもあまり期待せず、落ちること前提で動こう。ネガティブでありポジティブ思考で今後は生きていこう。

 徐々に前向きに成り、本来の自分に戻りつつある。虚しくて今までネット依存だったがネットから離れても落ち着いていられる。寧ろネットから離れて集中すべきことに思考が集中出来る感じ。そう考えると、頭がぶっ壊れてたな。。と。でも、ここ数年の生き方は「やらぬ後悔よりやる後悔」だったから仕方なし。色んな事を反省し、身の振り方を考える。

 今年は運が良いので、前向きに生きていけそう。

入社して1週間で退職

 新しい職場に入社して1週間。結局、退職の旨を伝えて即日退職させてもらった。自分でも入社前はこんなことになるとは思わず、携わった方々に多大なご迷惑をお掛けし、とても申し訳ないという気持ちである。しかし、初日から職場環境に違和感を感じ、帰宅後はグッタリしてしまった。毎日毎日がとても長く感じ、無理だと思った。1週間で何が分かる?と自分でも思うし、今までであったら流石に一週間で判断を下すようなことはしなかった。辞め癖がついてしまったというのもあるのだろうか。。ただ、どうにも長く続けていける想像が出来ず、辞めるなら早いうちが良いと判断した結果なので仕方ない。それまで調子が良くなってきていたので抗うつ剤は飲まなくなっていたが、初日から落ち込んでしまい、また飲み始めた。薬の影響もあって、そこまで今は悲観的ではない。

 辞める際のヒヤリング時には当たり前だが厳し目の事も言われた。全て自分でも思っていた事だったし、心底申し訳なく感じた。「面接時の印象と入社後の印象が大分違うね。」と話していた。とも言われる。一時の道化は大分上手くなった。だから面接では好印象を与える事が出来る。ただ、組織の中に入った際にメッキ剥がれ自分の本質が現れる。一番大事なことは協調性だったり、人と関係を深めるコミュニケーション能力だったりなんだと思うが。。前の職場でもほぼ同じ印象を持たれていたと思う。あまり深く関わる機会が無い別業種の人からは評価が高かったりしたが、身近な上司等からはコミュニケーション等で散々言われた。前の彼女も同じ様に、初めの頃感じた印象と時間が経つにつれ抱く印象が大分違ったんだろうな、と思う。結局上っ面だけは繕える。それは短期間だけで、長期間に成るとボロが出る。今回の件で強く感じたことだった。

 やはり何より素の自分を改めないと本質的な改善にはならない。この年齢で言うことではないが、精神的甘さと弱さがある。また過去の経験の乏しさから本来出来なければいけないことが出来なかったりもする。

 書きたいことまだまだあるが、頭の整理がつかない。昔ならブログが頭の整理になっていたはずなのだが、、。昔との違いは、自分を追い詰めていないこと。それは良い面と悪い面両方あるな、と。極端に成りすぎず、また自分を見直していきたい。

 今後就職先も決まっていないしどうしようか検討。。。今まで派遣という選択肢が無かったが今回の件で正職で働く自信が無くなってしまった。それと3ヶ月で満了の求人が近くであったのでその仕事をしつつ、次の就職先を探しても良いのかな?と感じ応募した。それで直近は繋ごうと思っている。