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妄想人間 ヘロソーの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

人間の欠陥品

今の悩みも苦悩も全て仕事に関わる事。

 根本がズレてるかも?総じて考えると、人付き合いであったり、社会そのもの。

人が生きていくっていうことは、「誰かと関わっていく。」ということ。

それ無くして、人生と呼べるのか?

 

対人恐怖症や社会不安障害であった。

実際に過去に心療内科に行って診断もされたし、薬も飲んだけど効果は無かった。

結局、そう診断されたところで何が変わるわけでもない。

だから、何?それだけ。世の中は甘くないもんです。

幼少期から他人に「○○君は何で話さないの?」とよく言われたものだった。

私の今までの人生と云えば、人と関わる事を一切拒否した人生であった。

勿論これは、幼いから出来たことであり、親の下でしか出来ない事である。

しかし、これからはそうやって生きていけない。

親は幾つに成ったか?そして自分は幾つに成ったか?

考えれば考える程、自分が情けなくて仕方ない。

 

他人と関わらなくても良い人生の歩み方を考えてみる。

考えると、能力が必要だ。それも秀でた能力が。

凡人以下の能力しか持ち合わせていない人間程コミュニケーション能力が必要。

ただ、周囲を見てると能力がある人ほどコミュニケーションスキルが高い様に思う。

自分の能力を振り返り、何も無い自分に対して悲壮感しかない。

神様は不公平だと、毎日感じる。

 

「人間の欠陥品だ。」と思うように成ったのは何時からか?

忘れてしまうくらい幼い頃から思い続けた。

何の躊躇なく、普通に笑って、楽しめる、そんな人生が羨ましかった。

これ等を踏まえて考えると、身の丈に合った人生の歩み方とは何か?

親に頼ってニート生活は、一時なら良いが年単位では考えられない。

そうすると中学生位に考えていた、ホームレス位しか出来ることが思い浮かばない。

 

全員が一度は自殺したいと思ったことがあると思い続けた。

でも、どうやら違うらしい。

生まれてからずっと他人に承認され、褒められ、明るい人生を歩んできた人間も少なからずいる。

考え方ひとつなのかもしれない?でもやはり、それでは補えない。

 

こんな事を考えてても何も実りは無いし、明るくなれるわけでもない。

時間の無駄で無意味そのものと思っていた陰口や愚痴と大差ない。

この時間を例えば、業務に直結することや語学の勉強に充てれば良いのに。

それどころか、もう退職まで期日が迫っている!職探し。。

引っ越し先も決めないといけない。そう考えるともう全く時間が無い。

追い詰められたら這いつくばってでも動かないといけない。

でも動けない。理論は崩れて、また逃げる道を探ってる。

 

 家庭を持ってはいけない人間は存在すると思う。

何時しかキャパシティをオーバーして、守るべきものは攻撃対象となる。

そんな人間だと自分で思っていても望んでしまうのはなぜか?

結局のところ、大多数が享受している幸せの観念を欲したいという欲望に他ならない。

こんな事考えずに、単純に欲したいから行動してもいいのかもしれない。

・・と感じたここ一年だったが実際に行動してみたら罪悪感しかなかった。

本来利己主義であるのに、偽善者でもあるという矛盾。

どっちつかずのこんな自分がとても嫌い。

 

単純に楽しんだり、やりたいことをやるために行動したり、本質的な部分を見失って、思考が先に動くようになってしまったのは何時からだ?

引きこもってからそんなことを悶々と考え続けたのが大きく起因したことは間違いない。

しかし、ある程度年齢を重ねた人間というのはそうあるべきな気もする。

絶対的な答えを求めてるのに結局どっちつかずの答えしかいつも見いだせない。

抑々、絶対的な答え何てこの世に存在しないとも言える。

 

頭で考えてる事排出したら1500字いってた。。

志望動機や自己PR書くのは全く浮かばないのになー。

ネガティブの才能はあるみたいでぅえす!