うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

無職だと自分が最低な人間だと思える

5月になった。有給消化を除けば、前の職場を退職して早、丁度一カ月。

転職活動当初は今日までに就職することを検討していた。それに応じて動いていた部分もあったわけだが、結果は全然上手くいかなかった。自分なりには転職活動を頑張っていたが、必死さは全然足りていなかったように思う。視野も狭かったし、心の甘えがあった。

何もしない日々を送ったり自堕落な生活を送っていると、自分が最低な人間だと思える。例えば、同じ時間を過ごしている同世代はきっと必死で働いてお金を稼いでいるのだ。では自分はどうか?と考えると「何してんだろ・・。」って。

前の職場にいた時の自分って、きっと周りからはしっかりした人間だと思われていたんだと思う。待たせていた人は、そういう自分に興味を持ってくれたんだと思う。実際以前に話した時そんなことを言っていた。今まで誰かに興味を持たれても、本性とは裏腹だから時間が経てば興味は薄れた。今だってそう何だと思う。

だから、今まで恋愛に関して期待しないようにして、距離を遠ざける能力だけは長けていた。ある種の自己防衛だったのだが、今の年齢になってとても誤りだったと後悔する。他人との距離の詰め方も分からないし。ただ、本質的に恋愛に関しては不向きというか、人間が不向きだから、頑張っても報われることは無いと思う。それでも何とかしたいという願望がある。愚か過ぎて自分で自分が嫌になる。

自分の人生は後悔ばかり。でも、後悔しても仕方ない。頭では分かっている。そんな思考に時間を費やしても実りあるものは何も無い。今できることに着眼して、且つ、現実を直視するしかない。今、自分が出来る事が分からない。ただ闇雲に、ただ、時間だけが過ぎていく。本を読むくらいしか出来る事で、少しでも良質な行動が思いつかない。

職を選んだり、条件や勤務地を考慮している場合ではない事は分かっている。そんなことが出来るのは、仕事をしなくても良い状況にあるからだというのも。全部分かっている。それなのに行動しないのは、甘えているから。そんな自分がとてもカッコ悪い。

会社を辞めても、仕事してても、結局ネガティブになる。そう考えると、結局自分自身の考え方ひとつで色んな見方や世界は変わる。人生とは選択の連続で、選択する度に後悔するのは何故なのか?そんなことを考えていたら人生って何だろう?って思考になる。自分は何のために生きて、何のために死ぬのか。。

他人に好かれたい、尊敬されたい、尊重されたい。という一般的な感情はある。寧ろ強い方なのかも知れない。ただ、それを体外的に出さないのは、能力が無くて実ることなく恥をかくから。自分の選択すること何もかも誤りだと思えてしまう。だからもう何を選択していいのかも分からない。そんな人間に誰が憧れを抱くだろうか。

色々考える。で、最終的に行きつくのは、「無能な自分が全て悪い。」ということだ。