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鬱死ノ影の無職な日常

影武者によるブログ

時間が経てば熱は冷める

昔からずっと思ってきた事だけど、人は時間が経てば何かにつけて、熱が冷める。少し前まで、熱狂的なファンだった人間が次の日にはガラッと興味がなくなる。恋愛にしても趣味にしても同じことが言える。友人関係もだな。

中学生位からそういうのが顕著に表れて、それを冷めた目で見ていた気がする。上記の人間がとても嫌で自分は好きなものはずっと好きでいたいと思った。それは今でも変わらない。ただ、そういう人間程、人間社会ではきっと強いのだろう。ダーウィンの進化論の適応能力はこれと同義な気もする。という事は、自分はやはり弱者という事なんだろう。ただ、それで良い気もする。・・ダメかな?

自分から人が去っていくのは、自分にそれ程の魅力が無いから。顔も性格も能力も才能も・・、何も無い(笑)卑下してる様でしていない。冷静に客観的に考えた時にそう感じる。結構頑張って行動したつもりだったんだけど、無職になってもう2ヶ月。心に脂肪が付いてしまった。負の循環。

自分は極端だから、やるならやるし、やらないならやらないの精神だった。今は完全にやらない方に向かってしまっている。転職活動を頑張っていると思いながら、実際は筆記の勉強も会社の調査も疎かなまま、面接に行ってばかり。そのくせ、SNSに入り浸り時間を無駄に消費している。結局真摯に向き合っていない。真面目が取り柄?実際は偽りでしかない。だから社会生活で無理がたたる。本当は八方美人で他人が思う自分を演じてただけ。故に向き合おうとしたら、嫌われる。だってその人は自分の本質を好きに成ったわけではないから。自分の本質何て只のクズだから嫌われて当然。

無意識で昔からそういう自分を演じてしまう。それは社会への恐れ。自意識過剰の賜物。あとは、過去のトラウマから、誰かに傷つけれたくないとか嫌われたくない。という気持ちが強いからだと思う。「どうしたらそんな自分を辞められるかな?」と思って、ツイッターを始めた。出来るだけ現実と乖離させるように、阿保みたいな事ばっかり言って普段出来ない道化をしていた。まあ、始めた当初は入社して間もない時で仕事が一杯一杯。ある種のストレスのはけ口と化していた気もする。あれから、どれくらい経ったんだろう?1年半くらい?時が経つのは早いなあー。。そして何もあの時から変わっていない(笑)=効果ないって事だな。人体実験は失敗に終わった。しかし、それが分かっただけで十分か。

今に何に注力すべきか?自分自身分かっている。それを惑わすのであれば娯楽は切り捨てるべきではないか。また一から出直そう。その為に必要な事は取捨選択。少しでも魅力ある人間に、自力に余裕を持って誰かを支えられる人間に。本来望むべき姿とはそうだった気がする。現在の不安や悩みから解放される為に一時に興じてしまった自分を反省し、八方美人をプライベートでも演じればそれは無理では無くなり本物に成るのだろう。そうすればきっと、今まで遠ざかって行ってしまった人を惜しんだ、同じ過ちは起きない。

今も不登校に成って友人を失った時と同じ。圧倒的な立場の弱さから待つことしか出来ない。でも、待っていても感情が相手にはもう無いのだからずっと来ることは無い。「自分が普通であれば・・。」と幼少時代に思ってきたわけだけど、あの時から何も変わっていない。「そうだ、俺は普通じゃなかったんだ。」と過去を思い出して改めて認識する。何を思って年相応の人間に成れると思ったのか?何を思って就職活動が上手くいくと思ったのか?何を思って恋愛が出来ると思ったのか?人一倍努力せねばいけないのに、何も努力せず逃げてきて何を今さら・・、笑止千万。

したがって、今日でまたSNSの類は封印。就職先が決まったらまた始めよう。やはり気持ちを紛らわしてはダメだ。SNSはコミュ障な自分にとっては、他人と関われるとても良ツールだが、自分や現実と向き合うのとは正反対。逃げて良い時もあるが、ダメな時もある。今はダメな時。だから、辞めよう。

少しでも理想の自分に近づけるように。若しくはそれを諦められるように。また一から・・。現実に直視しよう。