うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

1人暮らし再開

今日からまた1人暮らし。荷物は運び終わったが、整理や足りないものが多々あるのでやる事も自ずと増える。

そして、もう直ぐ新しい職場での仕事。1人暮らしを始めた寂しさと将来の不安から前職を辞めて本当に良かったのだろうか?今更ながらそんな事を思ってしまう。嘘を付いてカッコつけた辞めた理由だが、本当は只辛くて逃げただけ。とてもしんどかったし、死にたいとも本気で思った。でも、今になって「不出来な自分が何とかやっていける緩い環境では無かったのか?」とも思えてしまう。もしあのまま続けてたら、近距離で好きな人と・・、止めよう。最終的に今フラれたのだから続けていても意味を成さなかった。

努力したいと真面に何も出来ないのに、努力をサボる。俗にいう真面目系クズという奴で、時間を消費する事だけ毎日行う。やる事と言ったら、運に頼って幸福を願う。しかし、そんな人間には幸福など訪れない。

幸福の定義は人それぞれ違う。今になって、俺の幸福の定義って何だろう?とふと考える。正直発達障害レベルで何も出来ない人間だから、社会生活を送りたくない。ニートでずっと誰とも関わらずひっそり暮らしていたい気もする。ただ、1人暮らししてよく分かったがやはり自分は一人では耐えられない。とても、幼くて女々しい人間だが、寂しいという気持ちが人一倍強いみたい。少し前の自分はそんな事なかったと思うんだけどな。。良くも悪くも人間らしさを取り戻したのか?SNSに依存的に成ったのはその寂しさを紛らわすために他ならない。

いつも弱さを隠してしまう。そんな自分に好意を抱いてくれる人がいるわけだけど、本質が分かると「思っていた人と違った。。」で終わり。そんな風に見せている自分が一番悪い。表裏一体とした人間に成りたい。学生の頃から輝いている魅力的な人間がとても羨ましい。そんな人間に成りたかったなー。。俺はいつも孤独だった。人と話せないから。吃音症だと思われる位に。今でも声を出す事に恐怖するし(声が小さくて何言っているか分からないと言われること多々)、他人と話す事やどう思われているかを考えるととてもしんどい。

中学の頃に不登校で家に居た時はよく布団の上で天井を見て考え事をしていた。「この先自分はどんな人間になるんだろう?」と。年齢を重ねた今とそのころの自分は何も変わっていない気もするし、まだ社会へ出て行こうとしているだけでも変われている気もする。また同じように自分は年齢だけ重ねて何も得れていないのだろうか?でも俺の得たいものって何だろうな・・。人望?というか、交友関係?何だろうな。社会生活を送りたくないと言いながらの矛盾。ということは、自分をただ認めて欲しいだけなんだろうな。そのために努力・・、この繰り返し。

不出来な自分に出来る事は小さな目標をクリアする事だけ。一日一歩ずつを心掛けたい。