うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

必要価値

ふと、思う事がある。前職での自分の存在価値ってあったのかな?って。

悲しいかな、それ程無いんだよな、きっと。

好意を持ってくれた人も今じゃ熱は冷めてしまった。

これは、全部自分のせい。未熟で魅力の無い自分のせい。

自分の存在価値って何処にあるのか?というか、無いのかも?

じゃあ生きている意味は?それも無いのかな。

ただ、その日その日を生きれば良いのか?

俺には分からないなー。何処に生きる価値を見出していいのか。

 

例えば、結婚して子供を作って、その過程を守るために生きる?

自分の家族を幸せにするために?

しかし、そんなに結婚しても幸せな日々ではないだろうと思えてしまう。

それこそ、自分と暮らす人は特に。

幸せにはしたいと思う。けど、圧倒的に自信が無い。

過去がずっと自分を縛る。

またこんな思考。きっと何も考えず、ポジティブな人間に誰しも惹かれるもんだろう。

「将来なんて分からないけど、絶対乗り越えて見せる!」という人間と、

「将来が不安で仕方ない。現実的に考えて乗り越えられる自信も無い。」という人間。

どっちが、惹かれるかは明確。それを分かっていながら、背負う事が出来ない自分は何て弱いんだろうな、と思う。もういい年齢、ちゃんとしないと。

 

幼い頃、母親を失った姉の友人は、高校生から近所の付き合いで挨拶回りを今までずっとしているらしい。

それを聞いて、親に甘えている人間はずっと成長出来ないんだろうな、と思った。

自分自身、親にずっと甘えてきた人間だから、それがあって、年相応の人間に成れてないんだろうと思う。

成熟度は年齢じゃない。苦労や経験を如何に積んだか?それによって、人の価値は変わる。

「可愛い子ほど旅をさせよ」という、ことわざ通り甘えからは成長出来ない。

そんな考えがあったから実家に帰りたくなかったけど、無職時代に戻ってしまった。

やはり、戻った時は甘えが生まれたし、前職で成長した自分を退化させた気もする。

自分で稼がないと生きていけない環境にすれば、否が応でも働かないといけないんだから、成長はするよ。絶対的に。

本当に成長したいとか、変わりたいと思うならば、親元は離れるべきだと思う。

それが出来ないなら、本気で思ってないだけじゃない?親に甘えて生きていきたいと公言してるようなものでしょ。

 

まだ俺は全然幼い。色んな事に恐怖するし、傷つく。

自分を確立できていない。そういうところが、他者が離れていく原因だろうな。

この体、この人生、どう使えば良いのか?

独りよがりだな。バックボーン的に交友関係が無いから心が脆いんだと思う。

自分一人で生きていけない弱さ。誰もがそうかもしれないが、それなら、他人と共存するスキルが必要だろ。

どっちも無いから、こんなメンタルが弱いんだな。マジごみだ。

痛みが怖い。傷つくのも怖い。苦労するのも怖い。=生きるのが怖い。

この弱さが何より憎い。

 

自分を変えるには固定的な生活(仕事)以外に新しい事をしないといけない。

今日一日、何もせずに終わってしまった。明日はどうする?

結局新しい試みというのは怖いし、気力がいる。ただ、それを乗り越えないと何時まで経っても変われないまま。死より怖いものは無いのだから、事実を受け入れ、流れに任せてしまえばいい。経験こそ自信になる。最近よく思う事。

過去の自分を如何に殺せるか。それが、先の事を考えた時に必要な思考だと思った。

 

どうとでも成れる。あとは本気に成れるか?気力が持つか?それだけ。