うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

年相応の人間とは

電車に乗車してる人を見て色々考える事がある。考えても仕方ない事なんだけど。

例えば、俺の今の年齢って結構な歳なわけで、中々の事が出来ていて当たり前なんだと思う。自分が思ってた今の年齢の人間って大人と呼ばれて十分すぎる年齢で、幼い頃想像してた自分とは大分違う。やはり不出来だなーと思いたくないけど思ってしまう。

半年前の自分とは環境が変わり過ぎて、何だかさっぱり。。少しづつ、前職の感覚を取り戻してるけど、遅かった。無職でいると人は腐ると思う。考えが甘かったね。職場に大分慣れてきてはいるんだけど、慣れたくない自分もいたりする。

でも自分で決めた事なんだから頑張らないとな。今度はちゃんと生活基盤を作っていきたいし、今までの心構えとは大分違うかな?気づくの遅いけど。

帰宅した時に会社の人と一緒だったわけだけど、「何で前の会社辞めたの?びっくりしたよー。」と言われた。うーん、、確かに。でもあの時はあの時で一杯一杯だった。でも今新しい職場に来て失ったものが多いなって思ってしまった。ただ、あの場に居れば失わずに済んだ?かは分からない。

諦める事も大事だな、ってやっと最近思える。俺はやっぱり、他人と比較したら圧倒的に劣ってる。一番は対人関係なんだけど、それが出来れば、ほぼ全て賄えるくらいのものだから、それが出来ないのは悲しい。

足りたい事ばかり。はぁぁ、、全然ダメだ(笑)まあ当たり前っちゃ当たり前なんだけど。それでも生まれてきてしまったからには人と関わる幸福を望んでしまうんだよな。それを捨てたら生きてる意味はない気がする。ただ、何かもう自分には到底叶わない事のようにしか思えなくなってしまった。だから、消えたいって思うんだろうな。きっと、他人に好かれる事が普通の人はそんなこと思わないと思う。もし自分がそうだったとしたら、自殺したいなんて考えは生まれなかったはず。自分が人である以上、人と関わる事は避けて通れないし、それを良好にしないと幸福は得られない。前進しようと思っても、いつも壁に当たって2歩下がる感じ。根っから人と関わる事が苦手だったから。それと、過去の自分に負い目があって関係を深めようと思うと、その壁にぶち当たり自信を失う。

最近思う事は、利己を如何に捨てられるか?かな。わざとらしい善意とか、サプライズ的な事するのってとても今まで嫌だったんだけど、他人に与えられることをしていきたい。自分の人生はもうそろそろ諦める。そう思って生きたい。