うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

唐突に無気力

今の会社に入って初めて仕事中何もやる気がしなくなってしまった。今まではそれなりに頑張ろう!という意欲があったが、唐突に「俺は何の為にこんな仕事してんだろう?」と考えて、パソコンの前でぼぉーとただ座ってた。(やってる感出して)

少し前の自分のブログを読み返してみた。無職の時は兎に角必死だった。今は頑張る理由も無くなって、ただ漠然と行ってるだけ。自己完結するために物質的欲求を満たしてみたけど、その喜びはすぐ消える。

何故自分はこんなにも無能なのか?それを考え出したら体中から汗が出てきて動悸もした。生きてる意味は?と何処かに籠りたくなった。一種のパニック障害的な。生きる価値がどこにも見当たらない。逃げて来たから当然だけど、でもどうしても対人恐怖は拭えない。望んでなったわけじゃない。幼少時から青年期に掛けて普通に話せる人が羨ましかった。多分、そういう人は社会で否定されることなくずっと生きてこれたんだろう。俺はいつも否定されてきたから入学と同時に否定されることを常に念頭に置いていた。でもそうすればするほど、否定(イジメの対象等)にされるのはなんでだろう?そうして更に感情を隠すようになった。頭の中でずっと「しねしねしねしね・・。」と最初の高校入学時は唱えていた時もあった。そうすると案外周りはそれに乗じて恐怖するものみたい。ただそれも年齢を重ねると幼さを体現していたことと分かり、恥ずかしくもあった。

才能が欲しかった。そうすれば、他のことが劣っていても自分を許せる気がした。しかし、自分には何も才能なんて無いし、それどころか何をしても低レベル。どこにも他者を止めうる魅力がない。時と共に自分の好きだったものは遠ざかり、消えていく。今本当に大事なものは何があるんだろう?親はまだ元気だが時間が経てば消えてしまう。大事なもの・・。そういえば、好きなものすら分からない。誰しも持っている「これだ!」というものが何もない。別に無くても困らないものばかり。・・うん、分かる。こんなんだからつまらない人間なんだということも。しかし何事にも価値を見いだせない人間はどうしたら良い?

最近は、ネットを通した他人の思考すら触れたくなくなってきた。ツイッターとか見てると、「人って汚いなー・・。」と、憂鬱になる。自分とは生きた世界が違う人の思考なんだけど、その中で女性のゴミと言われるような何もステータスのない男へ向けられた言葉が自分に向けられている言葉のようで見ててしんどい。何よりそれに反論する位の能力が備わっていない事が自己否定に繋がる。あとは二股、三股当たり前的な、、もう止めてくんねーかな?・・見なけりゃいいんだけどね(笑)

いつから人はそんな下らない観点でしか他人を見れなくなってしまうんだろう?いや、、そういうところが自分のダメさなんだろう。成長とは変化で、ずっと過去のままではいられない。自分の幼さの根底はこの思考にあるのだろう。本来、人は汚い生き物であり綺麗であろうとすること自体が誤り。自分自身対して綺麗でもないだろう。でも俺はただ単純に生きたい。心理戦とかもう馬鹿だから疲れた。その人と話したいから話して、会いたいから会って、それが本当に大事なことだと思うんだけど。でもこれも達観かな。俺は絶対営業職は向いてない。(カーメーカーディーラーの偉いオッサンに猛推薦されたことはあるけど、自分の身の丈は自分がよく知ってるので即断った。)

でも何もせずただ傍観している人間ほどの悪は無いとも思う。何もしないことの罪は大きい。男は度胸である。今まで自分は痛みに弱かった。身体的にも精神的にも。こんなんじゃ誰も救えず、それが何よりの自信の無さを生み出した。今は多少強くなったかな?精神面は弱いけど。。自分を大事にし過ぎた。そして色んなものを失った。

ここ数日ほぼ何も食ってないからメンタルが病んでる。あと仕事終わりに今日はジムに行ってきた。・・だが、全然力が入らない。今までは自分の限界のしきい値を早めに設けてたんだけど、「もうぶっ倒れてもいいや。完全なるバカになろう。」そんな感じの思考で行ってきた。何も考えたくない。「だからもう死ぬために生きる。」これぞロケット花火人生ではないでしょうか?あ、ジムに化け物がおりました!ハルク並みの筋肉。俺なんてヒョロヒョロだなーと思った。あれこそ本当のガチムチですな。体動かしてると何も考えなくて良いからいいよね。

実験的にネットで諸々やってきたわけだけど、この先もこれを続けていくべきか迷う。否定してきたことを享受し、とりあえず経験というスタンスの思考に切り替えてやった。で、この先なわけで、、もう十分の経験を重ねた気がする。というか依存的になった。今離れてみて今のこの状況が本来あるべき姿でない?とも感じたり。しかし、人と交流する場を設ける機会を他で探るというのはとても難しい。ただ、やはり自分は一人でしか生きれないとも感じる。オフ会は個人的にはとても自分の考えをそのままにした感じだったし、貴重な経験だった。時間を割いて参加してくれた人も、とても魅力的に見える人ばかりだった。「色んな人に会ってみたい。」という完全なる利己的な発想で始めたことだけど、それに乗じて参加してくれる人も同じように利己的に何かを得られれば御の字と思っていたりする。・・この先はどうなるか分からないけど(笑)

人にどう見られるか?ということばかり気にしてきた人生。そして、無価値を悟った人生。俺は祖母を見て改めて思うことがあって、やはり「人は人でしか救われない。」と思う。心療内科で薬もらっても何も変われなかった。それの根本的要因は何より孤独感。生活が充実していれば鬱病にはならなかった。想定外への対処。不完全燃焼。消化不良・・、自分が考えられるのはそのあたり。心療内科を否定してるわけでは決してない。(実際、身内を病院に連れてって良くなったし。)

さて、、以前までの自分では考えられない馬鹿みたいな行動しまくったし、色んなもの失いまくってある意味白紙になった気もするわけですが、この次はどうしましょう?(梶井基次郎の『檸檬』ってっこんなことだったのかなー?と少し前に思ったのでありました。)

文章長い・・。どうせ誰も見てないから良いやー\(◎o◎)/