うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

全て放り投げたい人生

明日は試験なんですが、全くしておりません。勉強は昔から嫌いでして、社会人に成ってから更に嫌いに成りました。大学時代一時期、勉強が好きに成った頃もあったんですが、就活に失敗してから何もやる気がなくなってしまいました。しかし、これも言い訳でしょう。こういうところが私のダメな所だと昔から思っておりましたが、中々人間変われるものではありません。それに自分が就活で失敗する事は分かっていました。過去の空虚な日々から。そして何より話せませんでしたし。面接に行くというだけで中々立派だったんでは?今でこそそう思えます。

今日は雨が降っていたこともあり肌寒くなりました。そして、家の中で布団に入っていたら、何故か昔の心持を感じることが出来ました。私は雨と相性が良いのかもしれません。そして、何故その心持を失ってしまったのか?考えてみたら、やはり周囲の同年代と違う学生生活(不登校)だったからだと、改めて思いました。

私自身、昔から思っていることがあって、「自分は明るく成ってはいけない人間。」という思い込みが何時からか芽生えてしまったのです。恐らく自分の根底を表に出すと攻撃対象となるからでしょう。それも力無き弱者の考え方ではあったのですが。感情を表に出すという行動が、そしてそれにおける周囲の反応が怖かったのです。今でも変わらずかもしれませんし、それが何より男らしさというものを失わせた原因でしょう。

とても幼い頃から、私は縁を切ってばかりだと、上記の心持を抱いてから過去を振り返って思いました。保育園に入り、大多数の人間からイジメの対象にされる中、1人だけ親友と呼べる友人がいたのですが、その友人も引っ越す事に成り、完全に一人に成ってしまいました。引っ越した先に遊びに行ったのですが、色々ごたごたがあり、それっきり縁は途絶えました。その後、小学校に上がり、そこでも親友を得たわけですが不登校に成り縁は切れました。それ以降、引きこもったことで人間関係の構築が完全に出来なくなって今に至るわけです。全て自分のせいだったのです。そして、今それを後悔しても遅いわけで。全て先に苦痛を投げて逃げた甘い人間ですから、当然の結果です。だから今、先に投げず行動に移そうと色々動いたわけですが、失敗ばかりでした。自分には根本的な能力が無かったと思い知らされました。

そう考えると、人の人生というのは最初からほぼ決まってるようにも思えます。恵まれた人生を歩んでいる人間はずっと同じように多数の他者に承認され明るい人生を歩んでいく事でしょう。逆に私のような暗く無能な人間は誰にも認められず暗い人生を今後も歩んでいくに違いありません。相対する人間同士は理解できるわけがありませんでした。でもそれを望んでしまったのが何よりの失敗だったかもしれません。

この先、生きてて何か意味があるのか?そんな事をずっと思って、またいつも通りの暗い気持ちが蘇りました。「生きていれば、何時か良いことがある。」という希望を抱ける年齢ではもう無くなったと感じていますし、それを理解するのに十分な歳月を重ねました。もし、普通の学生生活を送れていたら、恐らく私が今得たかったものを得れた、そう感じます。

半年前に戻りたい。ただ、どっちみち後悔したことに変わりはないんでしょうね。結局何処に行っても社会不適合な私は無意味だと悟り、そうやって何度も逃げ出すから何も無いんだと自分を戒める事しか出来ません。そこから得られるものなんて何も無い訳ですが。人生をやり直す方法何て無いですが、そう考えると何処にも私には生きていく術が無いのです。八方塞がりな人生を思うと動悸がして無気力になってしまう事が多々あります。それもこれも全て能力が無い自分のせいなんですが。

時間だけ過ぎていってしまいました。大事な人は失ってしまいました。何も残っておらず、また同じことを繰り返し、更に追い詰められるんですね。この現実を見たくないし感じたくない。誰も信用できない。何もかも・・と何時も一人に成る事を望んできた人生でした。親にその分負荷を掛けられていた子供時代とは違い、今はもう逃げ場はありませんから、逃げるとしたらやはり死ぬ以外他ないでしょう。

過去のほんの少しの明るい部分で生きる事しか救いが無い。惨めですね。