うく山ヘロの鬱死な日常

線香花火人生よりロケット花火人生

目標なき人生を思案

月曜日、、相変わらず憂鬱です。ただ、一番考える事が多いのも月曜日だったりする。

土曜日が来るのを待って、日曜日に途方に暮れて、また同じように月曜日を迎える。まさに「単調な~生活を繰り返すだけ~♪」の人生。それでも頑張ってる。ただ、それ以上に頑張らないと持たざる者は得られない価値ある人生。しかし、その単調な生活を繰り返すだけで精一杯なのが自分だったりする。

思えばいつでもこうだった。というか、その単調な生活を放り投げた人生だった。頑張れなかった。ただ常に怠くて、ただ誰もが自分に対して嫌悪してるように感じて。不登校児は甘いと言う人がいる。・・確かに甘かったんだと思う。だって、親に縋ってただけ。結局、自分で生きられない奴は甘え。心が優しいとか云々は綺麗事なんだと思う。でも、結局それで最終的に苦しむのは自分なんだから仕方ないのかな。不登校ニートになったら、そう思う事も無いのかもね。

自分が居なくて成り立つ世界なのは当たり前だけど、何処かに自分が居なくても成り立たない世界が欲しいと望んでいたりする。それは多分そんな大それたことでは無くて、誰かに必要とされたいという気持ちだけだと思う。それを素直に出せないのは、今までの過去と経験からだろうね。仕事中にふと「何故自分には価値あるものを与えてくれなかったのだろう。」と感じ、どうしようもなくこの世界から消えたくなった。

上記に「不登校は甘え」だと書いたが、普通に誰とも接することが出来、様々な事を器用に熟せる人間がいる。そうやって恵まれた人生を歩めたら、その人の人生はきっとその先も上手くいくんだと思う。自信や他己承認を常に与えられて育てば好循環に成るのは当然であり、そういった人間からしてみたら、きっと私のような人間を理解するのは難しいだろう。きっとそういう人間が”甘え”という言葉を使う。でもそれは必然であり、理解すること何て出来ないのだから仕方ない。

そうだ、やはり自分は異常者だった。ごく一般的な望んだ人生を歩むことは無理だった。感情を殺す事に重きを置くべきだった。生きてて何がこの先楽しいんだろう。目標何て何も無くなってしまった。人間欠陥者。人が笑ってる時が怖いという感情が芽生えたらもうおしまいだ。

最近何も能力が無い自分にイライラする。