ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

羊飼いの少年と狼

また憂鬱になった。何なんだろうな。自分でも分からない。何となくまた虚無感が出てしまった。だからまた、あまりネットには依存しないように極力避けてその時間を読書や体鍛えたり、他の事に使いたいと思った。そうでないと、自分を許せなくなった。無力と知って何もしない。自分が何も持たない人間だと分かっているのに得る方法を探ろうとしない。こんなんじゃ何時まで経っても自分を肯定する事は出来ない。ただ、暗い過去から努力しても肯定できると思えないから消えたくなる。これまで何一つ真面に出来ず、人との縁は継続出来ない。それが何より自分の魅力の無さを物語っており、何処にも存在価値を見出せない。ブログは日課にしようと思っていたので継続。これが意味があるかは分からないけど。。

どうすれば他人と関われる?とずっと思ってきた。しかし考えたところで他人と関わるのは恐怖でしか無かったから変わる事は出来なかった。矛盾しているようだけど、他人と関われるように成るには、傷つきながらも他人と関わるしかないと思う。そう思って色んな人と会いたいと思った。まぁ、昔の自分ではとても考えられない事をしている。でも、そんな事も今ならどうでも良いと思える。冷静に考えてみると失って困るものなんて無かった。強いて言うなら、プライドか。全く無意味なもの。

今日、昼休憩中に色々考えていた。「学生時代、自分は引きこもっていたので交友関係皆無であった。社会人に成ると、交友関係を築くのが難しくなって、このまま意味の無い生活を続ける意義は何処にあるのかな?」とか、社会人に成ると交友関係を築きにくいから「人を集めて何か、学生回帰みたいなことをしたいと思うけど、どうやったら人は集まるのかな?抑々人を集められる程人間的魅力が無いな。。」とか。流行の人みたいな人もそれに群がるミーハーも嫌いだったが、人気がある人って単純に考えれば魅力ある人なんだな。と今なら思える。別に人が多ければ良いというわけでは無い。しかし、人を集めるというのはとても難しい。

羊飼いの少年はつまらない日常から楽しみを見出すために、「狼が出たぞー!」と言って、人を集めて脅かせて楽しんだ。最終的に少年は嘘つきだと認知され、本当に狼が出ても誰にも信用して貰えず、少年の飼っている羊は次々食い殺された。・・自分がやっていることはこれと大して変わらない。本質的に誰かを惹きつけれる力は無く、ただ、思考の1層目とか2層目辺りで突発的に思いついた言葉を子供のように発信しているだけ。あとは普段言わなそうなことを意識的に用いているだけ。だから、実際の自分とネットの自分は乖離している。ただ、幼い頃、友人と楽しく過ごしていた日々を色んな人と会って思い出していた。たぶん自分の本質的はこんな事なんだろう。他人が楽しんでいたり、他人との縁が繋がっていくのを見てるのが嬉しかったりする。今後はもっとそんな気持ちを大事にしたいと感じた。他の事が何やっても楽しいと思えないから。そんな風に生きる事がずっと出来ていれば良かったのにね。何も考えず始まったオフ会(鬱死会)は案外、素晴らしい会だと個人的に思ったりしてるんだけど、参加した人はどう思ったのかな?参加した人が良い人ばかりだったからそう感じただけなんだろうけど。

Liars are not believed even when they speak the truth.
嘘つきは真実を話している時でも信じてもらえません

それでも良い。あくまでそれを主眼に始めた事。一時を楽しめるなら受け入れます。