ふく山ヘロの福生な日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

原点回帰の連休最終日

今日は車の手続きをしに、車の公的機関的な場所へ行ってきた。お店で頼むと費用が高く(約2万)、自分でやれば350円ほど。手続自体も物凄い簡単だった。15分くらいで終わったし。それに合わせて前職の近くの場所だったので、外観だけ見に行ってみた。(懐かしい・・。)とはそんなに時間が経っていないのでならず、まだあの土地に住んていると錯覚するほど。実際行ってみると、昔の自分に戻ったよう。気が引き締まったようにも感じる。あの時の俺のほうが人間的にしっかりしてたなー、とも感じた。その分無理もしていたんだろうと思うけど。実際物凄く肩が張ってこった。以前の記憶が蘇って。あと、あの土地はとても好きだったんだなーと。やはり田舎で働きたかったな。未練たらたら。でも行って良かった。過去の事色々考えるより感じたほうがスッキリする。自分はあの時どんなことを思っていたのか?も明確に思い出したりしたし。

帰路途中に昨日断念したスタバに久々に行ってみた。高いし、(チョコケーキと抹茶何とかかんとか頼んだ)クソ甘かったんだが、カフェって色んな人間模様が見れるから、良いもんだな。何もしない日はカフェでぼぉーとするほうがよっぽど得られるものが多い気もする。でもスタバはチェーン店なのであまり面白くないから、良さげなカフェ探したい。

実家に帰る途中についでだから、以前夢診断で行うべきことで出たように過去の思い出の場所に立ち寄った。行ったのは唯一まともに自分が通っていた今は廃校の小学校。間、不登校に成ったけど、別にイジメとか問題があったわけではない。あの時は何となく休んでしまって、そのままズルズル。。悩みもあったりしたが、自分だけの問題だった。本当に良い学校だった。皆、優しすぎる位。それ故に中学生成ったときのギャップが凄かったな。「優しいだけでは社会はやっていけない。」と過去に言われたことがあるが、確かにそうだな、と社会に出て痛感した。俺の場合は本当の優しさではないけど。

学校、グラウンドや体育館、古くなった遊戯を見て回った。やはりまだ鮮明に当時の記憶が残っていて、当時の自分を思い出したりした。あれから大分年月経ったのを実感するとともに悲しくもあったが、何時も感じている憂鬱さは無かった。素の自分はこんな感じだったなーと。この気持ちを抱えたままきっと同年代の人は成長して色んな経験を重ねていったんだろうな。そんな時”教育”という文字が浮かんで、俺はその教えて貰い育つ、という過程を踏んでこなかったんだと実感もした。そうなるとやはり、生き辛いよね、社会では。同世代の人と色んな思い出を共有できないというのが一番辛い。でも、逃げたのは自分で全て自分のせいなんだけど。

過去の思い出の土地を訪れるのはあまり良くないらしい(後ろ向きなので)が、実際行ってみると有意義だった。考えてるよりも実感が大事。あと、ずっと自分は過去に生きてるんだな、と。そういうところが、アダルトチルドレンに繋がるんだろうな。でもあの時が一番人生楽しかった。他人を疑うこと無く純粋でいられたから。自分を卑下する事もなかったし(いや、その時からコミュ障では悩んでいたか)。人は成長するごとに、無価値な見栄やプライドを持ったり、地位とか学歴などのステータスが考慮される。当たり前ではあるんだけど、それが所謂人生における実績になるから。その人を判断するのに簡単な材料でもあるし。ただ、何か、、ざっくり言うと面倒くさい。一緒に居て楽しかったり良い思い出が出来ればそれで十分な気がする。・・と、言いつつ、それらを持ち合わせていないから、繕った自分を演じていたりするし、他人に対して色眼鏡で見ていた部分も絶対ある。だから、きっとコミュ障に成るし、人と居るのが疲れるんだろうな。本来の自分はきっと、単純な感情で動けていたんだと思う。今更気づいても遅いけど。

明日から仕事。一日で休みなので気が楽ではありますな。