ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

ここ一年間の体たらくぶり

今日は過去のブログを読み返してみたりした。今は前職を辞めたことへの後悔があったりする。ただ、冷静に考えると雇用条件(給料、休日日数等)や以前の精神状態を考慮したら転職して良かったんだろうな、とも思う。しかし何か選択する度に後悔してしまう。今まで考えて最善の選択をしてきたはずなんだけど。だから、過去を想って良いところだけにスポットを当てているだけなんだとも思う。そもそも、「=それが後悔」というものなんだろうけど。。

10代の頃は周囲と違う暗い生き方しかできなかったし、何やっても人より劣っていたから、特別な才能みたいなものが欲しかった。しかし自分で何かを開拓するわけでもなく、ただ、時間に任せて願っていただけ。そして適当に大学に入って、20代になった。その頃から自分には特別な才能なんてないことは分かっていたし、周囲に溶け込むことも出来ない不出来な存在だという認識があった。そして就活活動を迎えて案の定何もない自分は社会から否定された。

悲しいかな、暗い人生が何より自分らしくあり、明るい事柄は根底の部分で否定している。誰かと関わりたいが、一人でいるときが何より自分らしくあったりする。ここ最近は自分の幼さを痛感し、理想とはかけ離れた自分に成っていることが何よりも許せなかったりする。前職ではとても神経を使う業種だったし、常に否定されてきてから追い詰められていた自分がいるけど、結局苦しかったり辛い環境の方が、血となり肉と成っている事が分かった。その時の自分を評価してくれた人もいたし。今となってはそんな自分も消えてしまった。

昔から(引きこもってからかも?)冷めていた人間で、何にも興味がなかった。他人が熱狂することも興味・関心を示すことも。本当につまらない人間だな。高度なところでいうと文化や技術が発展したところで、何になるの?ってそれで終わり。結局人は死ぬし。ただ、今にしてみればいつか人は死ぬからこそ生きてるうちに何かしらの結果を残すべきだったんだなと感じる。

一人で生き過ぎてそれが自然になってしまった。ても、それは異常な感覚だった。誰かと居ることが不自然になって、それが自分の不幸せの根底にあることを認識する。しかし、過去にこうなることも予測していながら、楽を求めて逃げた自分の責任。苦しむのは必然だということも分かっている。だからこそ、どうすることも出来ないから消えたいと思う。

自分の本質を誇示し、社会生活を乗り越えられる強さが欲しかったな。