ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

大きな過ち

日に日に思うことがある。「どうしてあの時仕事を続けられなかったんだろう?」と。ふと日付を見たら、辞めてから丸一年経っていた。この間自分はどれだけ成長した?何をした?・・特に何も成長することはなく、寧ろ驚くほど退化していることに気づく。

失ったり、環境を変えると如何に自分が小さい人間だったかと改めて理解する。しかし年々歳は取っていき、求められるハードルも高くなる。本に書いてあった「自分の理想と現実の乖離が落ち込む原因となる」らしいが、まさにその通りだと思う。20代前半の自分に今の自分を見せたら、きっと悲観するだろう。それほどまでに今の自分はかっこ悪いのだ。

この一年は確実に過ちだった。でも、前職で思っていたこと実現した。「死ぬ(自殺)位ならどんな生き方でも生きた方がいい。」、「煩わしい人間関係を一掃したい。」、「給料と休みが多くて、人間関係がそれ程、密じゃなくストレスが少ない会社に行きたい。」一つ希望とは違うとしたら東京勤務だったくらい?でもいざそうなってみると、何一つ心が満たされる事はなく、寧ろ今まで如何に自分が甘えた人間だったと反省する。あと誤算だったのは辞める間際に連絡先を交換したこと。あの時もどうなるか?予想はついた。あの時交換してなかったら、今の職場にも多分行ってなかった。そしてこんなに落ち込むことも無く、惰性で生きていた気がする。フラレて落ち込んだことで改めて自分を見直す機会になった。「そんな風に生きてはいけない。」と方向を変えさせる為の必然だったのかもしれないと今なら思える。もう一個は、ただ一年過ごしただけの生活を送り、自分の甘さ幼さを痛感させるためのものだったのかもしれない。フラレて当然だな、って今更思う。あの時利己的になってしまったこと。相手に依存してしまっていたこと。結局自信の無さから相手への不信があったこと。今は色々と冷静になれました。謝罪と感謝の気持ちです。

今までの人生というのは何事においても、失敗を恐れてきた。誰よりも多くの経験をしてこなかったし、傍から人を見て、自分の状況だけを把握するだけ。今後は少しでも理想の自分に近づきたい。しかし、やはり自分の両親というのはそんな自分を否定するので、悪影響にしかならないな、って思う。

執着は捨てたい。他人を助けられる位の余力を常に持っていたい(何があっても冷静でいたい)。自信を持ちたい(過去のコンプレックスを拭えるくらいの)。他人に対して純粋に接したい(裏切られても良いと思えるくらい)。どんな手段を使っても精神を安定させたい。億劫にならず多くの人と接したい。プライドは捨ててすで生きていけるように成りたい。楽しみを追求し人生を豊かにしたい。・・願望は多い。

自分と同じような人生を送った人を助ければ、自分も救われるような気がする。それが一番人生を豊かにする近道かもしれない。なんてことを思う。