ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

気の緩みと懺悔

最近、気が緩み過ぎている。・・というか、以前から他人が見ていないところでは、不真面目に生きている。面倒くさいと感じることや不利益に成ること、ミスや失敗を隠そうとする。痛みにもとても弱いし、他人がどうなろうとどうでも良い。そういう自分が嫌になる。それを知られるのが嫌だから他人と深く関われない。何か失敗したときは、「薬の副作用だから?発達障害だから?過去が起因しているから?」とか、頭の中で言い訳ばかり考えている。全然考える視点が違う。全部自分の事ばかり。俺は冷静でもなければ、心に余裕もない。真面目でもないし、自分勝手な人間である。

他人が思う自分を意識し過ぎて前職で病んだ。本性と理想がかけ離れており、そう成れない事への自責の念にかられたのが大きいと思っている。前にも書いて最近常々思うことが、「人の本性は心に余裕が無くなった時現れる。」と自分を鑑みてよく思う。引きこもりもコミュ障も勿論、対人関係に恵まれない大きな要因と成っているが、一番大きな点は「根本にある弱くて醜い性格」にあると感じる。それらを踏まえて10代の頃から、”何も望まない”事を意識していたはずなのだが、年齢を重ねていく内に、「同世代と同じ様な人生を送りたい。」という欲望が生まれ、自分の在るべき姿を見失っていた。

病むことが無くなると、気が緩むし成長意欲が無くなる。そして大きな過ちを犯す。人生よく出来ているもので、何か悪いことをすると必ず自分に不利益が最終的に掛かってくる。いや、多分それは自分が馬鹿な人間で不器用すぎるというのが理由かもしれない。そしてそれを分かっていながら正攻法ではなく、嘘や逃げる事で悪行から回避しようとする癖は昔から変わらない。やはり自分が一番可愛いようだ。

何より幸福でありたいと思うのであれば、気持ちに矛盾を感じた時に逃げずに向き合う。それが馬鹿な自分の生き方だと思う。頭が良い人の生き方を真似しても無理だ。自分を飾るのも、見栄を張るのも、強く見せるのも、全て虚像なので無理がたたる。今後は着実に少しづつ本質からそうなれるように心掛けたい。

色んな人が居て、大多数が自分より大きく見える。ただ実際は相手を知れば知るほど、自分が思っていたより”欠けている部分”が多い。欠点は誰しもあるし、ほぼ全てを満たしている人間なんて、ほんの一握り。だから自分をそれ程、卑下することも無い。ただ、自分に正直に生きれて、且つ、自信が持てる様に生きていきたい。

ここ数年の愚行(散財、自堕落、甘さ)を改める。また、本質的な浅ましさも直視する。この年齢で本当に全てが0からって感じに成ってしまった。やり直せるかな~・・?失敗することは悪いことではないが、そこから学ばなければ何の意味もない。

何かトラブルが起こったら、頭を冷やす。あと利己的に考えない。そしたら物事はシンプルだ。