ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

偏見と人間の違い

今までずっと、自分が周囲と同じ人生を送れなかったことがコンプレックスだった。学生時代、ほぼ引きこもって1人で居たから思い出も無いし交友関係も皆無だった。頑張って年相応に繕ってみても、それが根底にあって人と深く関わる事が出来なかった。

子供は純粋だが、純粋故に他人を傷つける。他人が少し自分と違えば声を大にして笑う。若しくは怖がる。しかし、障害を持った人間と障害を持たずに生まれた人間の違いは何処にあるか?明確だが、深層まで考えるとそれ程大きな違いは無い気もする。年齢を重ねるということは嘘を表面的につける事も一つだが、その先に行くことが本来の姿であるとも感じる。そんな事を今の職場に来て思ったりする。

そう。自分はだいぶ恵まれている。確かに社会生活をまともに送れなかったという点ではマイナスだけど。今こうして社会に出て働いて、ひとり暮らしして家事もしてる。そんな事を10代の頃は想像も出来なかった。何せ外に出ることも抵抗を感じたし、人と話す事(人前で声をだすこと)なんて、怖くてとても出来ないと思っていたのだから。

今の職場でも正直大分繕っているな。と感じる。でも、その繕っている自分をプライベートに投射出来れば、それは本質に成ると思う。ただ、この先、嫌なことや辛いこと、悲しいことが起こった場合、きっと自分は取り乱してしまう。そんな時こそ平常心を保てるように成らなければいけない。そう成れるように今後は気をつけたいと思っている。

だから今の自分は案外好きだ。例え、他人に好かれる事は無くても。自分を肯定するのではなく、自分を肯定していける行動をすれば良いのだと最近思った。そんな風に思えるのもきっと薬の影響だろう。しかしもう直ぐ無くなる。切れたらどうなるんだろう?もとに戻るのかな?

今の職場に入って、他人から嫌われているかな?と思うことが今日あったけど、どうでも良い。というか、多分気にし過ぎなので。謙虚に我道を行くことにしたい。

やはり自分には1人が向いているようだ。