ちょいポエな日常

線香花火人生よりロケット花火人生🚀

今になって思うこと

 今年もあと一月になった。年齢を重ねる度に時間の流れを早く感じる。もういい歳に成ったが、20代前半に想像していた自分とはかけ離れた自分が存在する。その想像通りの自分に成れないことが嫌で仕方なかった。ただ、本質的な部分が伴っておらず雁字搦めに成ったことで、大きく落ち込んだ。1年前を思うと、本質的に大分成長出来たと感じる。2〜3年前はあらゆることに囚われていた。年相応とか、”こうあらねばならない”みたいな。今は色んな不幸な出来事であったり、落ち込む事も事実として受け入れられる。その出来事も何かしらの理由があって、起こったものだと感じる事ができる。

 何社か面接を受けたが、何処も不採用で、「次の仕事どうしようか?」と、焦りもあるが、案外冷静だったりもする。面接の受け答え自体はそんなに自分では悪くなかったと思うが、短期退職が効いてるのかな?と思ったりもする。あとは、正直自分の中で引っかかる部分があって、内心そんなに入りたいという気持ちの会社に当たらなかった部分も大きい。だから焦らず、色んな道を模索してみても良いのかな?と感じている。ただ、生活費がどんどん無くなるし、空白期間は次に働く場所で支障をきたすから避けないと。とりあえずあと1月しか無いので、色んな想定をして動きたい。

 今でも「過去にちゃんとして社会生活を送れていれば。。」と思うことがしばしばある。とても大事な時期を不登校に成って引きこもって、誰とも話すことも接することもなく自分だけの世界で生きてしまったことへの後悔。最近になってようやく社会生活を送る大切さみたいなものを実感する。それは人との関わりだったり、自己成長だったり。そういう部分をもう少し早く感じたかった。そして、人と時間を共有することの楽しさを知っておきたかった。もしそんな経験を踏めていれば、自分が望むような現実を手に入れる事ができたのかな?なんてことを思う。

 今までずっと、自分の事ばかり考えていた。そうすると、思うように行かないことばかりが起こる。それと心に余裕が無くなる事がよくわかった。逆に他人を想って行動することで自分に戻る事が多いということにも最近気づいた。何かを求めれば求める程、執着心が生まれて、その求めるものは遠ざかる。人生とは難しいものだ。

 過去のコンプレックスは消えることは無いが、それも含めて全て自分を認めようと思う。直近の失敗も全部認める。まず自分を全て受け入れる。今まで否定してきたことも、過去の目を伏せてきた現実にも向き合う。冷静に考えれば、自分ひとりなんて取るに足らない。ましてやその出来事などもっと。そうして、今後どう生きるか?ちゃんと自分の中で落とし込んでいきたい。多分、自分が生きてきた過程にもちゃんと理由がある。だから、何かしら大多数と同じように生きれなかった人生にも価値を見出したい。そして、同じように悩んでいる人のために、どんな形であれ手助けをしたい。今までと大きく変わったことは、心の余裕の有無。それと事象に対する捉え方。

 今後は他人にいくら卑下されても良いと思える位、自分自身を認めたい。